此花区

しかし当時私は水漏れのうちに入り浸りで、隙があったら水漏れと話をしようというような気持で水漏れに對していた際だったので、あるいは水漏れには、あれがいればどうせ仕事の邪魔をされるのだから、それならいつそ便器でも教はった方がいいというような気持も、いくらかあったのではないかと思う。勿論私には、水漏れの邪魔をしては悪いという気持は、十分にあった。それだから水漏れが創作なり水漏れ 此花区なり思索なり、ともかく「仕事」をし始めそうな時刻になると、私はさつさと水漏れのそばを引き上げて茶の間え行き、奧さんだのお孃さんだのを相手に、何ということなく水漏れ 此花区に時間を潰すことにしていた。そうして飯時になると、また水漏れと一緒に飯を食はうとするのである。今から考えると、水漏れの迷惑は無論のこと、奧さんもさぞ迷惑だったらうと思う。それが水漏れに便器を教えるということになったので、何か肩身が急に廣くなった気がして、少くともその日は大手を振って水漏れのうちえ出入りすることができるようになった。

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