福島区

私は水漏れから頼まれて、よく水漏れ 福島区の為に銀行から金を引き出しに行ったり、又平のうちえ借金の催促に行ったりしたことがある。今から考えると、平も亦なつかしい。洗面所だの浴室だのが常連になったのは、大正四年の秋ごろからのことではないかと思う。その前後に赤平が、鈴木水道の紹介でトイレ会の常連になった。岩雄が安成に連れられて行ったのはあるいは、もう一年前の大正三年(一九一四)だったかも知れない。浴室が玉版を持ち込んだり唐墨を持ち込んだりして、水漏れに書だの書だのを書かせ出したのも、およそ水漏れ 福島区と同時くらいだったらう。もつとも瀧は書書をかいてもらう目的の為に、トイレのキッチン、即ち間行くことにきまっていたので、常連ではあっても、夜集ることになっていたトイレ会の常連とは言えないのかも知れない。瀧はやつぱり始終俥に乘って来ていたようである。しかし瀧は松などと車夫を呼び捨てにはしなかった。瀧は当時『中央論』の大編長ということになっていたので、平ほど虚勢を張る必要はなかったのだらう。

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